最終更新: 2026-04-27
日本の食卓に欠かせない醤油は、国内生産量の約80%が「本醸造」方式でつくられています(日本醤油協会公表データ、2024年時点)。大豆と小麦と塩という3つのシンプルな原料が、麹菌・乳酸菌・酵母という微生物の力で深い旨味と香りに変わっていく過程は、まさに醸造の真髄といえるでしょう。
「醤油ってどうやってつくるの?」「本醸造と混合醸造は何が違うの?」といった疑問を持つ方は少なくありません。この記事では、醤油の製造工程を原料処理から火入れまでの全6段階に分けて丁寧に解説します。さらに、3つの製造方式の違いや、醤油蔵の現場ではどのような仕事が行われているのかについてもお伝えします。
醤油の製造工程とは?全体像をまず把握する
醤油の製造工程は、大きく分けて6つの段階で構成されています。原料の準備から始まり、微生物の力を借りて発酵・熟成させ、最後に搾って仕上げるまで、短くても半年、天然醸造では1年から2年以上の時間がかかります。
| 段階 | 工程名 | 主な作業内容 | 所要期間の目安 |
|---|---|---|---|
| 第1段階 | 原料処理 | 大豆の蒸煮、小麦の焙煎・割砕 | 1日 |
| 第2段階 | 製麹(せいきく) | 麹菌を繁殖させて醤油麹をつくる | 約3日 |
| 第3段階 | 仕込み | 麹と食塩水を混ぜて諸味をつくる | 1日 |
| 第4段階 | 発酵・熟成 | 微生物の働きで旨味・色・香りを生成 | 6ヶ月〜2年以上 |
| 第5段階 | 圧搾 | 諸味を搾って生揚げ醤油を得る | 2〜3日 |
| 第6段階 | 火入れ・充填 | 加熱殺菌と品質安定化、容器への充填 | 1日 |
このように、醤油づくりの大半の時間は「発酵・熟成」に費やされます。微生物がじっくりと働く時間を確保することが、醤油の品質を左右する最も重要な要素なのです。
ここからは、各工程の具体的な内容を順番に見ていきましょう。
第1段階:原料処理|大豆と小麦の下準備
醤油の原料は、大豆(または脱脂加工大豆)、小麦、食塩の3つです。この段階では、微生物が効率よく働けるように原料を加工します。
大豆の処理
丸大豆を使う場合は、まず水に10〜12時間ほど浸漬させます。季節や大豆の品種によって浸漬時間は微調整が必要で、蔵人の経験が問われる作業の一つです。十分に吸水させた大豆は、蒸煮缶で高温蒸気により蒸し上げます。蒸すことで大豆のたんぱく質が変性し、麹菌の酵素が分解しやすい状態になります。
一方、脱脂加工大豆を使う場合は浸漬工程が異なります。脱脂加工大豆は油脂分をあらかじめ除去しているため、たんぱく質の含有率が高く、効率的にアミノ酸を生成できるという特徴があります。醤油の原材料と選び方の記事でも触れているように、丸大豆と脱脂加工大豆では最終的な風味に違いが生まれます。
小麦の処理
小麦は高温で焙煎(ばいせん)した後、粗く砕きます。焙煎によって小麦のでんぷんがα化(糊化)し、麹菌の酵素が分解しやすくなります。同時に、焙煎で生まれる香ばしい風味は、醤油の仕上がりの香りにも影響を与えます。
| 原料 | 処理方法 | 目的 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 丸大豆 | 浸漬→蒸煮 | たんぱく質の変性 | 浸漬時間は季節で調整 |
| 脱脂加工大豆 | 加水→蒸煮 | たんぱく質の効率的分解 | たんぱく含有率が高い |
| 小麦 | 焙煎→割砕 | でんぷんのα化 | 焙煎温度で香りが変化 |
第2段階:製麹(せいきく)|醤油づくりの要
製麹は醤油の品質を決める最も重要な工程です。「一麹、二櫂(かい)、三火入れ」という醸造の格言があるように、麹の出来が醤油全体の品質に直結します。
蒸した大豆と炒った小麦をほぼ等量で混ぜ合わせ、そこに種麹(たねこうじ)として麹菌(Aspergillus oryzaeまたはAspergillus sojae)を振りかけます。混合物は麹室(こうじむろ)と呼ばれる温度・湿度を管理した部屋に移され、約3日間かけて麹菌を繁殖させます。
製麹の3日間
製麹の工程は、以下のように進みます。
1日目は「盛り込み」と呼ばれる作業です。原料と種麹の混合物を麹室に広げ、温度約25〜30℃、湿度約90%以上の環境で麹菌の発芽を待ちます。
2日目に入ると麹菌が活発に繁殖を始め、自身の代謝熱で温度が急上昇します。ここで「手入れ」と呼ばれる切り返し作業を行い、温度を均一にして酸素を供給します。蔵によっては深夜にも手入れ作業が必要になるため、蔵人は交代制で対応することがあります。
3日目には、大豆と小麦の表面が黄緑色の麹菌の胞子で覆われた「出来麹(できこうじ)」が完成します。
麹菌がつくる酵素の役割
麹菌が繁殖する過程で、醤油づくりに不可欠な3種類の酵素群が生産されます。
| 酵素の種類 | 働き | 生成される成分 |
|---|---|---|
| プロテアーゼ | 大豆のたんぱく質を分解 | アミノ酸(旨味のもと) |
| アミラーゼ | 小麦のでんぷんを分解 | ブドウ糖(甘味と発酵の原料) |
| リパーゼ | 脂質を分解 | 脂肪酸(香りの前駆体) |
これらの酵素が十分に生産されていない麹からは、旨味の少ない醤油しかつくれません。製麹の温度管理と手入れのタイミングが品質を大きく左右するのはそのためです。
第3段階:仕込み|麹と塩水から諸味へ
完成した麹は、冷却した食塩水と混ぜ合わせて発酵タンクに移されます。この混合物を「諸味(もろみ)」と呼びます。
食塩水の濃度は約22〜25%が一般的です。この高い塩分濃度は、有害な雑菌の繁殖を抑え、醤油づくりに必要な耐塩性の微生物だけが活動できる環境をつくり出す役割を果たします。
仕込みの際、麹と食塩水の比率は蔵ごとの伝統や製品の特徴に合わせて微調整されます。醤油の種類と違いによって最適な仕込み配合は異なり、たとえばたまり醤油では大豆の割合を極端に高くした味噌玉製法で仕込みます。
第4段階:発酵・熟成|微生物が織りなす味と香り
醤油づくりで最も時間のかかる工程が発酵・熟成です。人工的に温度管理を行う場合は6ヶ月〜8ヶ月程度、四季の温度変化にゆだねる天然醸造では1年〜2年以上の期間をかけて諸味を熟成させます。
この期間中に、3種類の微生物がリレーのように順番に働いて醤油特有の風味を生み出します。
微生物のリレー
| 順番 | 微生物 | 学名 | 主な働き | 生成される成分 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 醤油乳酸菌 | Tetragenococcus halophilus | 乳酸発酵 | 乳酸(まろやかな酸味) |
| 2 | 主発酵酵母 | Zygosaccharomyces rouxii | アルコール発酵 | エタノール、有機酸 |
| 3 | 後熟酵母 | Candida versatilis など | 香気成分の生成 | 4-EG(醤油特有の香り) |
まず仕込み直後は麹菌の酵素が活発に働き、大豆のたんぱく質をアミノ酸に、小麦のでんぷんをブドウ糖に分解します。続いて耐塩性の醤油乳酸菌が増殖し、乳酸を生成してpHを下げます。この酸性環境が整うと、今度は醤油酵母が活発になり、アルコール発酵や香気成分の生成を行います。
発酵と腐敗の違いの記事で解説しているように、これらの微生物が適切な順序で働くことが「発酵」であり、この流れが乱れると品質の低下につながります。
櫂入れ(かいいれ)の重要性
発酵期間中、蔵人は定期的に「櫂入れ」と呼ばれるかき混ぜ作業を行います。櫂入れの目的は以下の3つです。
- 諸味に酸素を供給し、好気性微生物の活動を促進する
- 温度や成分濃度の偏りをなくし、均一な発酵を実現する
- 表面に浮いてくる「タマリ」を混ぜ戻し、雑菌の繁殖を防ぐ
天然醸造を行う蔵では、季節ごとの温度変化を利用して微生物の活動をコントロールします。夏の高温期に発酵が進み、冬の低温期には微生物の活動が穏やかになって成分が落ち着く。この自然のリズムが、天然醸造ならではの奥深い味わいを生み出す要因とされています。
第5段階:圧搾|諸味から醤油を搾り出す
十分に熟成した諸味は、圧搾によって液体(醤油)と固体(醤油粕)に分離されます。
現在の主流は、諸味を専用の濾布(ろふ)に包み、油圧式の圧搾機で2〜3日かけてゆっくりと搾る方法です。急激に圧力をかけると濁りが出るため、時間をかけて少しずつ圧力を上げていくのが品質を保つコツです。
搾りたての醤油は「生揚げ醤油(きあげしょうゆ)」または「生醤油(きじょうゆ)」と呼ばれます。まだ微生物が生きた状態で酵素も活性を保っているため、このままでは品質が不安定です。そのため、次の火入れ工程が必要になります。
なお、搾った後に残る醤油粕は、漬物の調味料や飼料として再利用されることが多く、醤油づくりは原料を無駄にしない循環型の製造工程でもあります。
| 搾りの段階 | 圧力 | 得られる醤油 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 初期(自重搾り) | 低 | 一番搾り | 澄んだ色、上品な風味 |
| 中期 | 中 | 二番搾り | バランスの取れた味わい |
| 後期(高圧搾り) | 高 | 三番搾り | やや濁りがある、コク強め |
第6段階:火入れ・充填|品質を安定させる最終仕上げ
生揚げ醤油は数日間静置して沈殿物を除いた後、約80℃で加熱する「火入れ」を行います。火入れの役割は大きく3つあります。
1つ目は殺菌です。発酵・熟成に貢献した微生物を不活性化し、瓶詰め後の品質変化を防ぎます。
2つ目は色の調整です。加熱によってアミノ酸と糖のメイラード反応が起こり、醤油特有の赤褐色が深まります。
3つ目は香りの完成です。火入れによって「火入れ香」と呼ばれる独特の芳香が生まれ、生醤油にはない丸みのある風味が加わります。
火入れ後は再び濾過して微細な固形物を除き、品質検査を経て容器に充填されます。こうして、原料の準備から数えて半年〜2年以上の時間をかけた醤油がようやく完成します。
3つの製造方式の違い|本醸造・混合醸造・混合
醤油の製造方式は、JAS規格で「本醸造」「混合醸造」「混合」の3種類に分類されています。
| 製造方式 | 特徴 | 国内生産比率(2024年時点) |
|---|---|---|
| 本醸造 | 麹と食塩水のみで発酵・熟成。添加物を加えない | 約80% |
| 混合醸造 | 諸味にアミノ酸液を加えて醸造 | 約3% |
| 混合 | 本醸造または混合醸造の醤油にアミノ酸液を混ぜる | 約17% |
本醸造は微生物の力だけで旨味を引き出す伝統的な方法であり、現在の国内生産量の大部分を占めています。混合醸造や混合方式は、アミノ酸液を加えることでうま味を補強する製法で、九州地方を中心に甘味の強い醤油をつくる際に用いられることがあります。
無添加醤油のおすすめの記事では、こうした製造方式の違いを踏まえた醤油の選び方を詳しく紹介しています。
醤油蔵の現場から|製造工程に携わる仕事のリアル
醤油の製造工程を理解すると、「この仕事に携わるにはどうすればいいのか」と興味を持つ方もいるかもしれません。醤油蔵で働く蔵人の仕事は、各工程に応じて異なる専門性が求められます。
製麹担当の1日
製麹を担当する蔵人は、麹室の温度と湿度を24時間体制で監視します。特に繁忙期には深夜2時や3時に手入れ作業が入ることもあり、体力と根気が求められる仕事です。一方で、麹の状態を見極める感覚は経験を重ねるほど磨かれ、「麹をつくれるようになって初めて一人前」と語る蔵人も少なくありません。
発酵管理担当の仕事
発酵期間中の櫂入れは、諸味の状態を五感で確認する作業でもあります。香り、色、泡立ちの変化から発酵の進み具合を判断し、必要に応じて櫂入れの頻度や強さを調整します。近年はセンサーによる温度・pH管理も進んでいますが、最終的な判断には人の感覚が欠かせないとされています。
醸造業界でのキャリアに興味がある方は、醸造業界への就職ガイドも参考にしてください。
醤油の製造工程に関するよくある質問
Q1: 醤油1リットルをつくるのにどれくらいの原料が必要ですか?
一般的な濃口醤油1リットルをつくるには、大豆約180g、小麦約180g、食塩約160gが必要とされています(日本醤油協会の資料より)。ここに水を加えて仕込み、半年以上かけて発酵・熟成させます。
Q2: 本醸造と天然醸造は同じものですか?
異なります。本醸造はJAS規格の製造方式分類で、麹と食塩水だけで発酵させる方法を指します。天然醸造はその中でも人工的な温度調節を行わず、四季の気温変化にゆだねて1年以上かけて熟成させる製法です。天然醸造は本醸造の一種ですが、すべての本醸造が天然醸造というわけではありません。
Q3: 工場でつくる醤油と蔵でつくる醤油は何が違いますか?
大規模工場では温度管理装置を使い6ヶ月程度で効率的に醤油をつくるのに対し、伝統的な蔵元では天然醸造で1〜2年以上かけることが多い点が大きな違いです。蔵独自の微生物が住み着いた木桶で仕込むことで、蔵ごとに異なる風味が生まれるとされています。
Q4: 醤油の色の濃さは製造工程のどこで決まりますか?
醤油の色は主に発酵・熟成中のメイラード反応と、火入れ時の加熱反応によって生成されます。熟成期間が長いほど、また火入れの温度が高いほど色は濃くなります。薄口醤油は発酵期間を短めにし、塩分濃度を高くすることで色を抑えています。
Q5: 自宅で醤油をつくることはできますか?
理論的には可能ですが、6ヶ月以上の発酵・熟成期間と適切な温度管理が必要であり、雑菌の混入リスクも高いため、難易度はかなり高いといえます。醤油づくりを体験したい方は、醤油蔵が開催する仕込み体験ワークショップへの参加をおすすめします。
Q6: 醤油の製造で使われる微生物は安全ですか?
はい。醤油づくりに使用される麹菌(Aspergillus oryzae / Aspergillus sojae)や醤油乳酸菌、醤油酵母は、いずれも長い歴史の中で安全性が確認されている微生物です。日本醸造学会でも安全な醸造微生物として認定されています。
関連記事: 醤油の熟成期間はどのくらい?種類別の目安と味の変化を解説
関連記事: 白醤油の使い方ガイド|料理別の活用法と選び方
まとめ:醤油の製造工程を理解して「本物の醤油」を選ぶ
醤油の製造工程のポイントを整理します。
- 醤油の製造工程は、原料処理→製麹→仕込み→発酵・熟成→圧搾→火入れの全6段階
- 品質を決めるのは「製麹」と「発酵・熟成」の2つの工程が特に重要
- 麹菌・乳酸菌・酵母の3種類の微生物がリレー式に働いて風味を形成する
- 製造方式は本醸造・混合醸造・混合の3種類。国内の約80%が本醸造
- 天然醸造では四季の変化を利用し、1〜2年以上かけて熟成させる
製造工程を知ると、醤油のラベルに記載された情報の意味が見えてきます。まずはお手元の醤油の裏面表示を確認して、どの製造方式でつくられているかをチェックしてみてはいかがでしょうか。醤油の原材料について詳しく知りたい方は、醤油の原材料と選び方の記事もあわせてご覧ください。
参考情報
- 日本醤油協会「しょうゆの製法」(https://www.soysauce.or.jp/knowledge/process)
- 農林水産省「しょうゆの製造法」(https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/c_propanol/soysauce.html)
- 職人醤油「醤油ができるまでの物語」(https://s-shoyu.com/knowledge/0501/)


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