最終更新: 2026-04-17
「乳酸菌」と一口に言っても、実はその正体は一種類の菌ではありません。現在、学術的に認められている乳酸菌は6つの科・数十の属・数百種におよぶ巨大なグループであり、味噌蔵のタンクに棲む菌と、ぬか床で働く菌、ヨーグルトを固める菌はそれぞれ別の種類です。同じ「乳酸発酵」でも、菌の属や株が変われば生まれる香り、酸味、保存性は驚くほど変化します。
それなのに食品パッケージには「乳酸菌入り」「○○菌配合」と書かれるだけで、どの菌が何をしているのかは見えにくいのが現状です。この記事では、乳酸菌の分類体系を「属・種・株」の3階層から整理し、主要な6属の特徴、ホモ発酵とヘテロ発酵の代謝の違い、ビフィズス菌との関係、そして味噌・醤油・ぬか漬けといった発酵食品の中で実際にどの菌が働いているのかを、醸造現場の視点から解き明かしていきます。読み終える頃には、発酵食品売り場のラベルの裏側にある「菌の世界」が立体的に見えてくるはずです。
乳酸菌とは何か|科学的定義と分類の3階層
乳酸菌は、単一の生物種ではなく「糖を代謝して乳酸を多量に生成する細菌の総称」です。つまり「乳酸菌」という分類は、生物学の系統樹上の一枝を指す名前ではなく、代謝の特徴に基づく機能的なグループ名なのです。
乳酸菌の科学的定義
一般社団法人全国発酵乳乳酸菌飲料協会の定義によると、乳酸菌は「グラム陽性の通性嫌気性または嫌気性の細菌のうち、糖質を分解して50%以上の乳酸を生成するもの」とされています。この定義により、同じく発酵食品に関わる酵母(真菌)や麹菌(糸状菌)とは明確に区別されます。
乳酸菌の共通特性は次の4点に集約されます。
- グラム染色で陽性(細胞壁が厚い)
- 芽胞を形成しない
- 運動性がない(鞭毛を持たない)
- カタラーゼ反応が陰性(酸素による傷害を受けやすい)
属・種・株の3階層分類
ここが多くの人にとって最初の壁となるポイントです。乳酸菌の分類には「属(Genus)」「種(Species)」「株(Strain)」という3つの階層があり、この違いを理解していないと「R-1乳酸菌」と「LG21乳酸菌」が同じ属の別株だということも見えてきません。
| 階層 | 位置づけ | 例 |
|---|---|---|
| 属(Genus) | 菌の大分類。共通の性質を持つ「家系」 | Lactobacillus(ラクトバチルス)属 |
| 種(Species) | 属の中のより細かい分類。「苗字」に近い | Lactobacillus bulgaricus(ブルガリクス種) |
| 株(Strain) | 同じ種の中の個体差。「個人」に相当 | Lactobacillus bulgaricus OLL1073R-1 |
腸内細菌学会の解説では、同じ菌種に属する異なる菌株は、菌種としての共通の特徴を持ちながらも菌株ごとに異なる性質を持つとされています。つまり同じ「ブルガリクス種」でも、A株とB株では耐酸性、産生する酸の量、他の菌との共生関係が異なることがあるのです。
分類体系の歴史的変遷
乳酸菌の分類は20世紀を通じて大きく変化してきました。1900年代初頭にはラクトバシラス属、ペディオコッカス属、ストレプトコッカス属、ロイコノストック属の4属とされていましたが、1980年代には細胞壁ペプチドグリカン組成や菌体脂肪酸組成の分析によってラクトコッカス属とエンテロコッカス属が独立しました。
さらに1990年代には16S rRNA遺伝子を用いた系統解析が導入され、乳酸菌のほとんどがラクトバシラス目に含まれることが確定。現在ではラクトバシラス目は、アエロコックス科、カルノバクテリウム科、エンテロコッカス科、ラクトバシラス科、ロイコノストック科、レンサ球菌科の6科に整理されています(出典: Bergey’s Manual of Systematic Bacteriology 第2版、2015年時点の分類)。
乳酸菌の代表的な6つの属と特徴
それでは、発酵食品にもっとも深く関わる6つの属を、形態・発酵型・代表的な菌種とともに見ていきましょう。
主要6属の比較表
| 属名 | 形態 | 発酵型 | 代表的な菌種 | 主な棲息環境 |
|---|---|---|---|---|
| ラクトバチルス属 | 桿菌(棒状) | ホモ/ヘテロ両方 | L. delbrueckii、L. plantarum、L. casei | 乳製品、漬物、口腔、腸管 |
| ラクトコッカス属 | 球菌 | ホモ発酵 | L. lactis | 乳製品、生乳 |
| ストレプトコッカス属 | 球菌(連鎖) | ホモ発酵 | S. thermophilus | 乳製品、口腔 |
| ロイコノストック属 | 球菌 | ヘテロ発酵 | Leu. mesenteroides | 植物、漬物、味噌 |
| ペディオコッカス属 | 球菌(4連) | ホモ発酵 | P. damnosus、P. pentosaceus | 味噌、醤油、ビール、漬物 |
| エンテロコッカス属 | 球菌 | ホモ発酵 | E. faecalis、E. faecium | 腸管、チーズ |
ラクトバチルス属(Lactobacillus)
乳酸菌の中でもっとも種類が多く、食品への応用も幅広い属です。桿菌(棒状の細菌)で、ホモ発酵型もヘテロ発酵型も存在します。ヨーグルト、チーズ、漬物、サイレージ、ワインの二次発酵など、活躍の舞台は多岐にわたります。
ただし近年、分子系統学的な再検討の結果、ラクトバチルス属は2020年の論文(Zheng et al., International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology, 2020年)で25の属に再分類されました。旧ラクトバチルス属から、ラクチプランチバチルス属(Lactiplantibacillus、旧L. plantarum群)、リンモシラクトバチルス属(Limosilactobacillus、旧L. reuteri群)などが分かれています。この再分類はまだ食品業界や消費者向け表示には完全には浸透しておらず、旧学名と新学名が混在する過渡期にあります。
ラクトコッカス属(Lactococcus)
チーズ製造の主役です。ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)は、カマンベール・チェダー・ゴーダなど多くのチーズのスターター(発酵種)として使われます。ホモ乳酸発酵を行い、乳糖を効率よく乳酸に変換します。
ストレプトコッカス属(Streptococcus)
ヨーグルトの定番菌であるストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)が属します。名前のとおり「熱に強い」性質があり、43℃前後の高温でも活発に増殖します。ラクトバチルス・ブルガリクスと共生関係を結んでヨーグルトを作ることがよく知られています。
ロイコノストック属(Leuconostoc)
ヘテロ発酵型で、乳酸に加えて酢酸、エタノール、二酸化炭素を生成します。キムチ初期発酵の主役菌がこの属のロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)で、キムチ特有の爽やかな酸味と炭酸のシュワッと感はこの菌の産物です。味噌諸味の初期発酵にも関わります。
ペディオコッカス属(Pediococcus)
球菌が4つ集まった「四連球菌」の形態が特徴的です。耐塩性が高く、味噌・醤油の高塩環境でも活動できる数少ない乳酸菌として、醸造分野では欠かせない存在です。醤油醸造では「醤油乳酸菌」と呼ばれるテトラジェノコッカス・ハロフィルス(Tetragenococcus halophilus、旧ペディオコッカス・ハロフィルス)が主役となります。
エンテロコッカス属(Enterococcus)
「腸球菌」とも呼ばれ、ヒトや動物の腸管、チーズの熟成に関わります。一部の菌種は病原性を持つため、食品利用の際は株レベルで安全性が確認されたものだけが使用されます。
ホモ発酵とヘテロ発酵|代謝経路の違いが風味を決める
乳酸菌の分類を理解する上で、属や種と並んで重要なのが「発酵様式」の違いです。ここを押さえると、発酵食品の酸味や香りの差が分子レベルで理解できます。
ホモ型乳酸発酵
ホモ発酵では、ブドウ糖1分子から乳酸2分子だけが生成されます。EMP経路(解糖系)を使うため効率がよく、副産物がほとんど出ないため、得られる風味はシンプルな「酸味」中心になります。
- 代表的な菌: ラクトバチルス・デルブリュッキイ、ラクトコッカス・ラクティス、ストレプトコッカス・サーモフィルス、ペディオコッカス属全般
- 生成物: 乳酸のみ(理論上95%以上)
- 特徴: クリーンで鋭い酸味。ヨーグルトやチーズの主発酵に適する
ヘテロ型乳酸発酵
ヘテロ発酵では、ブドウ糖1分子から乳酸1分子に加えてエタノール(または酢酸)1分子と二酸化炭素1分子が生成されます。6-ホスホグルコン酸経路(ペントースリン酸経路の一部)を使うため、代謝のエネルギー効率はホモ発酵より低いものの、複雑な香気成分が生まれます。
- 代表的な菌: ロイコノストック・メセンテロイデス、ラクトバチルス・ブレビス、ラクトバチルス・ファーメンタム
- 生成物: 乳酸、酢酸またはエタノール、二酸化炭素
- 特徴: 酸味に加えて酢酸の刺激、アルコール由来の芳香、炭酸の爽やかさ
通性異型乳酸発酵(通性ヘテロ発酵)
第三のタイプとして、糖の種類や環境によってホモ発酵とヘテロ発酵を切り替える菌もいます。ラクトバチルス・プランタルム(現ラクチプランチバチルス・プランタルム)がその代表で、ぬか漬けや味噌などの複雑な発酵環境で柔軟に働きます。
発酵様式の比較表
| 項目 | ホモ発酵 | ヘテロ発酵 |
|---|---|---|
| ブドウ糖1分子からの乳酸 | 2分子 | 1分子 |
| 副産物 | ほぼなし | エタノールまたは酢酸、CO₂ |
| 代謝経路 | EMP経路 | 6-ホスホグルコン酸経路 |
| 風味の傾向 | クリーンな酸味 | 複雑・芳香・炭酸感 |
| 適する用途 | ヨーグルト、チーズ | キムチ、漬物、サワー種パン |
| 代表菌種 | L. delbrueckii、L. lactis | Leu. mesenteroides、L. brevis |
乳酸菌とビフィズス菌の違い|混同されやすい関係を整理する
飲料売り場でよく並ぶ「乳酸菌飲料」と「ビフィズス菌飲料」。どちらも「善玉菌」とひとくくりにされがちですが、微生物学的にはまったく異なるグループです。
分類学上の違い
ビフィズス菌(Bifidobacterium)はアクチノバクテリア門ビフィドバクテリウム属に属し、ラクトバシラス目に属する乳酸菌とは系統的に遠い関係にあります。腸内細菌学会によれば、ビフィズス菌はヒトや動物の大腸を主な棲息地とするのに対し、乳酸菌は自然界に広く分布しています。
代謝の違い
ビフィズス菌は乳酸だけでなく「酢酸」も多量に生成するのが大きな違いです。代謝経路もビフィズスパスウェイ(フラクトース-6-リン酸経路)と呼ばれる独自の経路を持ち、ブドウ糖1分子から乳酸1分子と酢酸1.5分子を生成します。
酸素への反応
乳酸菌は通性嫌気性(酸素があってもなくても生きられる)ですが、ビフィズス菌の多くは偏性嫌気性(酸素があると死滅する)です。このため、ビフィズス菌入り飲料は製造・流通段階で特別な酸素管理が必要になります。
形態
乳酸菌は桿菌または球菌ですが、多くのビフィズス菌は分枝状、V字状、Y字状など不規則な形態をとる桿菌です。ギリシャ語で「分かれた(bifidus)」を意味する名前の由来にもなっています。
乳酸菌とビフィズス菌の比較表
| 項目 | 乳酸菌 | ビフィズス菌 |
|---|---|---|
| 分類 | 多くはラクトバシラス目(複数の科) | アクチノバクテリア門ビフィドバクテリウム属 |
| 酸素への耐性 | 通性嫌気性 | 多くは偏性嫌気性 |
| 主な代謝産物 | 乳酸(+副産物) | 乳酸+酢酸 |
| 形態 | 桿菌または球菌 | 分枝状・V字状の桿菌 |
| 主な棲息地 | 食品、腸管、口腔、自然環境 | 主にヒトや動物の大腸 |
| 発酵食品での使用 | 広範(ヨーグルト、チーズ、漬物、味噌等) | 主にヨーグルト、乳飲料 |
発酵食品と乳酸菌の対応関係|どの食品にどの菌が働くのか
ここからが、醸造ナビならではの踏み込んだ話です。味噌・醤油・漬物・キムチ・チーズ——それぞれの発酵食品には、実は決まった「主役菌」がいます。
主要発酵食品と関与する乳酸菌
| 発酵食品 | 主役となる乳酸菌 | 発酵様式 | 役割 |
|---|---|---|---|
| 味噌 | テトラジェノコッカス・ハロフィルス、ペディオコッカス属 | ホモ発酵 | 諸味のpH低下、うま味醸成、香気前駆体生成 |
| 醤油 | テトラジェノコッカス・ハロフィルス | ホモ発酵 | 乳酸生成による雑菌抑制、酵母発酵への橋渡し |
| ぬか漬け | ラクトバチルス属(複数種)、ペディオコッカス属 | ホモ+ヘテロ | 酸味形成、保存性向上 |
| キムチ | ロイコノストック・メセンテロイデス(初期)→ラクトバチルス・プランタルム(後期) | ヘテロ→ホモ | 爽やかな酸味、炭酸感、後半の強い酸味 |
| ザワークラウト | Leu. mesenteroides→L. plantarum→L. brevis | ヘテロ→ホモ→ヘテロ | 段階的な酸味形成 |
| ヨーグルト | L. delbrueckii subsp. bulgaricus、S. thermophilus | ホモ発酵 | 乳の凝固、酸味、芳香 |
| チーズ(軟質) | L. lactis、Leuconostoc属 | ホモ+ヘテロ | 凝乳、風味形成 |
| パン(サワー種) | L. sanfranciscensis、L. brevis | ヘテロ発酵 | 独特の酸味と香り |
味噌と醤油における乳酸菌の特殊事情
味噌と醤油は食塩濃度が10〜18%と極めて高い環境です。通常の乳酸菌は塩分3%でも生育が阻害されるため、味噌蔵・醤油蔵では「耐塩性乳酸菌」が活躍します。その代表がテトラジェノコッカス・ハロフィルスで、日本の醤油蔵に古くから棲みついている「蔵付き乳酸菌」の一種です。
職人醤油の解説によると、醤油づくりにおいては麹菌が大豆と小麦のタンパク質・デンプンを分解した後に、耐塩性乳酸菌が諸味のpHを4.5前後まで下げ、その酸性環境が酵母の働きを促す「微生物のリレー」が醸造の核となります。
味噌でも同様に、仕込み初期は好気性の微生物が活動し、その後塩分と嫌気環境の進行とともに耐塩性乳酸菌が優勢となり、最終的に耐塩性酵母が風味を仕上げるという流れで発酵が進みます。乳酸菌が十分に活躍できないと味がうすっぺらくなり、乳酸発酵が進むほどに諸味のpHが酸性になり酵母菌が活動しやすい環境になります(出典: 神州一味噌 公式サイト解説)。
ぬか漬けとキムチの菌相の変化
ぬか漬けやキムチでは、漬け始めから食べ頃まで、主役となる菌が時間とともに入れ替わります。キムチでは、仕込み直後はロイコノストック・メセンテロイデスが優勢で、ヘテロ発酵により乳酸・酢酸・炭酸ガスを生成します。これが発酵初期の「シュワッとした爽やかな酸味」の正体です。
発酵が進むとpHが下がり、より酸に強いラクトバチルス・プランタルムやラクトバチルス・サケイが優勢になります。この菌相の交代によって、キムチは「浅漬けの爽やかさ」から「熟成キムチの深い酸味」へと風味を変えていくのです。
植物性乳酸菌と動物性乳酸菌|棲息環境による分類
最近の食品表示でよく見かけるのが「植物性乳酸菌」「動物性乳酸菌」という表現です。これは学術的な分類ではなく、どのような環境で棲息・利用されてきた菌かによる便宜的な区分です。
植物性乳酸菌の特徴
漬物、味噌、醤油、酒、野菜ジュースなど、植物を原料とする発酵食品から分離された乳酸菌を指します。植物の細胞壁にはセルロースやペクチンといった難分解性の繊維が含まれ、ミネラルや糖の組成も動物性素材とは大きく異なります。こうした過酷な環境で生育してきた植物性乳酸菌は、一般に酸やストレスへの耐性が高いとされています。
代表的な菌: ラクチプランチバチルス・プランタルム(旧L. plantarum)、ラクトバチルス・ブレビス、ロイコノストック・メセンテロイデス、テトラジェノコッカス・ハロフィルス
動物性乳酸菌の特徴
ヨーグルト、チーズ、乳酸菌飲料など、乳を原料とする発酵食品から分離された乳酸菌を指します。乳は栄養豊富で生育に適した環境のため、動物性乳酸菌は比較的シンプルな条件を好む傾向があります。
代表的な菌: ラクトバチルス・デルブリュッキイ・ブルガリクス、ストレプトコッカス・サーモフィルス、ラクトコッカス・ラクティス
「植物性が優れている」は誤解
腸内細菌学会のFAQでは、「植物性乳酸菌」と「動物性乳酸菌」という区分に学術的な定義はなく、菌の性質は最終的には菌株ごとに評価すべきと注意を促しています。植物性だから胃酸に強い、動物性だから吸収しにくいといった単純な図式は成立しないため、機能性を語る際は属・種・株まで具体的に確認することが大切です。
醸造現場から見た乳酸菌|「蔵付き」という文化
醸造ナビとして最後にお伝えしたいのは、日本の味噌蔵・醤油蔵・酒蔵に棲みついている「蔵付き乳酸菌」という概念です。
蔵ごとに異なる菌相
江戸時代から続く老舗の蔵には、その蔵の建物・木樽・空気中に固有の微生物叢が定着しています。味噌蔵Aの乳酸菌と、隣町の味噌蔵Bの乳酸菌は、同じペディオコッカス属でも株レベルで異なることが多く、これが蔵ごとの「味の個性」を生む源泉の一つです。
杜氏の経験が育てる菌
杜氏や蔵人は、仕込みの温度管理、湿度、櫂入れ(かいいれ)のタイミングを通じて、間接的にこの菌たちの活動を整えています。彼らは顕微鏡で菌を見ているわけではありませんが、香り・色・泡立ちの微妙な変化から「今、どの菌が元気か」を読み取っているのです。蔵人になりたい方は杜氏のなり方とキャリアパスも併せて参考になさってください。
近代化と蔵付き乳酸菌の未来
近年は衛生管理の高度化により、蔵を徹底的に消毒して純粋培養した乳酸菌スターターを添加する製法も増えています。効率と品質安定性は上がりますが、蔵付き乳酸菌による「深み」を懐かしむ声も根強く、両者のバランスをどう取るかが現代の醸造業界の大きなテーマとなっています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 乳酸菌と発酵食品の関係で、もっとも大切なポイントは何ですか?
「乳酸菌」を単一の菌として捉えないことです。属・種・株の3階層を意識し、どの発酵食品にはどんな菌が働いているのかを具体的に見るようにすると、味の個性や効能が立体的に理解できるようになります。
Q2. 同じ「乳酸菌」なのに味噌とヨーグルトで風味が違うのはなぜですか?
関与する乳酸菌の種類と発酵様式、そして共存する微生物(麹菌・酵母)が異なるためです。味噌では耐塩性乳酸菌と麹菌・酵母が協働し、ヨーグルトではストレプトコッカスとラクトバチルスの2種で乳を発酵させます。同じ乳酸でも、副産物・共存菌の代謝物・原料由来の香気成分の組み合わせで、風味はまったく異なる方向へ進みます。
Q3. ホモ発酵とヘテロ発酵、どちらが「良い」発酵ですか?
目的によります。ヨーグルトやチーズのようにクリーンな酸味と凝乳が主役の食品はホモ発酵型の菌が適しており、キムチやサワー種パンのように複雑な香りや炭酸感が魅力の食品はヘテロ発酵型の菌が不可欠です。どちらが優れているという話ではなく、用途に合わせて使い分けるものです。
Q4. サプリメントや飲料のパッケージに「◯◯株」と書かれているのはなぜですか?
機能性は株レベルで変わるためです。同じ菌種でも、株によって胃酸への耐性、腸内での生存率、免疫系への影響が異なります。メーカーは臨床試験で効果を確認した特定の株を識別するため、独自の株名(例: R-1、LG21、ガセリ菌SP株)を商品に明記します。
Q5. 味噌や醤油の高塩環境で活動できる乳酸菌はどのように発見されたのですか?
戦前から日本の醸造学研究で、醤油諸味や味噌から分離・同定が進められてきました。特にテトラジェノコッカス・ハロフィルスは、18%前後の食塩濃度でも活発に乳酸発酵を行う稀有な菌として注目され、醤油醸造の核となる微生物として確立しています。現在では各醤油メーカーが自社蔵から分離した株を保管し、安定発酵のスターターとして活用しています。
Q6. 乳酸菌は死菌でも意味があると聞きますが本当ですか?
株や用途によります。生きた菌体が腸内で定着・増殖することで機能を発揮するタイプもあれば、菌体成分(菌体壁や菌体内物質)そのものが免疫系や腸管に作用するとされるタイプもあります。いずれも株レベルの臨床データを確認することが重要です。
関連記事: 発酵の温度管理の基本|微生物別の適温と食品ごとのポイント
関連記事: 麹の酵素とは?種類・働き・醸造での役割をわかりやすく解説
まとめ|乳酸菌は「属・種・株」の3階層で捉える
ここまで見てきたように、乳酸菌は一枚岩の存在ではなく、6つ以上の科・数十の属・数百の種・無数の株から成る広大なグループです。風味・機能・適した食品は、この階層のどこを見るかで大きく変わります。
要点を整理します。
- 乳酸菌は「糖から乳酸を50%以上生成する細菌の総称」であり、機能的なグループ分類
- 属・種・株の3階層があり、特に機能や風味は株レベルで異なる
- ホモ発酵は乳酸だけを生み、クリーンな酸味に。ヘテロ発酵は副産物を伴い、複雑な香りに
- ビフィズス菌は分類学的には乳酸菌ではなく、酸素に弱く酢酸も多く産生する別グループ
- 味噌・醤油では耐塩性のテトラジェノコッカス属、キムチではロイコノストック属が主役
- 日本の蔵には「蔵付き乳酸菌」という、蔵固有の菌相が息づいている
次のステップとしては、発酵と腐敗の違いで発酵の基礎をより深く押さえたうえで、ぬか漬けの始め方や本格キムチの手作りといった実践編で、今回紹介した乳酸菌たちの働きを自分の手で体験してみるのがおすすめです。菌の名前を知ったうえで仕込む発酵は、ただの料理から「微生物との共同作業」へと変わります。
参考情報
- 全国発酵乳乳酸菌飲料協会「乳酸菌の基礎知識」(https://www.nyusankin.or.jp/lactic/basics/)
- 日本乳業協会「乳酸菌とはどのような菌ですか?」(https://nyukyou.jp/dairyqa/2107_065_493/)
- 腸内細菌学会「ビフィズス菌と乳酸菌の違い」「菌株とは」「Lactobacillus属の再分類」(https://bifidus-fund.jp/)
- ヤクルト中央研究所 菌の図鑑「ラクトコッカス ラクチス」「ラクトバチルス アシドフィルス」(https://institute.yakult.co.jp/bacteria/)
- 職人醤油「醤油づくりの微生物(麹菌・乳酸菌・酵母菌)」(https://s-shoyu.com/knowledge/0707/)
- 神州一味噌 コーポレートサイト「みそと乳酸菌」(https://www.shinsyuichi.jp/misolibrary/detail/1)
- 公益財団法人 腸内細菌学会「植物性乳酸菌と動物性乳酸菌の違い」(https://bifidus-fund.jp/FAQ/FAQ_18.shtml)
- Zheng J. et al., “A taxonomic note on the genus Lactobacillus: Description of 23 novel genera”, International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology, 2020年(Lactobacillus属再分類の原著論文)
- Bergey’s Manual of Systematic Bacteriology, 2nd ed., Vol.3(乳酸菌の系統分類体系の標準書)


コメント